おかめさんのキネマ手帖

映画の予備知識は限りなくゼロに近いのが理想や。 そう思うてるライトユーザーなオバハンがつぶやく ぼちぼちな映画日記やで。

エル・クラン

どんより曇り空の一日。
家の中よりも外の空気のほうが暖かい。
大阪の統一地方選挙はとても分かりやすい構図になった。
自民公明の候補者を共産と立憲民主までが推薦するという。
あんたらキメラですか。
筋の通っていない政党が寄り集まって地方行政を担っても議会が混乱するだけで何も決められない。
国政でダイバーシティを訴えている地元選出の立憲民主党議員は何を思うのだろう。
統合型リゾートと万博に首をかしげる我々有権者も、これなら迷うことなく大阪維新に投じることが出来る。

映画「エル・クラン」を観た。

軍事政権下における行方不明者の調査は、歴史に残る国の礎たる偉業であった。
アルゼンチンがこの先繰り返すべきではない道は何なのかを明確に国民が認識できた。
憎しみ合いや暴力は繰り返さない。
そして二度と国の品位を損ねてはならない。
軍事独裁政権から民主政権に移行した当時の大統領アルフォンシンのスピーチから物語は幕を開ける。

人が忽然と消えるなんてただ事ではない。
地球の裏側のこの国でいったい何が起こっていたのだろう。

時は1982年。
街角の自宅兼店舗で総菜店を営む一家がある。
長男はラグビーの代表チームメンバーで、海外からスカウトが来るほどその将来を期待されている。
教育熱心なオトーサンが子供たちの勉強を見てやる、ごく普通の一家に見える。

でもね、このオトーサンがただ者じゃなかった。
軍事政権下で暗躍する国家情報局員だったのだ。
富裕な守銭奴は国をだめにする。
彼はそんな信念のもと、金持ちを誘拐しては身代金を奪う裏稼業を始めた。

犯罪やんそれ。

いやいや、政権の庇護下であればいくらでも目こぼしが効く上に、彼にとってはこれが世を正す正義なのだ。

オトーサンは長男にもこの仕事の一部を手伝わせるようになった。
今回のターゲットは長男と同じラグビーチームメンバーの青年。
いわば顔見知りである。

身代金を奪うだけ。
そう聞かされ仕事を手伝う長男であったが、解放されるはずだった青年が、のちに遺体となって発見されるではないか。
ここにきて彼は、ようやくオトーサンの本当の恐ろしさを知る。

青年に素性を知られ、家族を守るためだったとオトーサンは言い訳をするが、誘拐のたびに遺体は増えてゆく。
もはや長男は、オトーサンというこの冷酷な支配者に逆らうことが出来なくなっていた。

一方、自宅が監禁場所となっているため、稼業のことなどまるで知らない弟や妹たちもさすがに感づき始める。
家の中で何か恐ろしいことが行われている。
それでも、妻や下の子供たちはオトーサンに真実を問うことが出来ない。
なぜなら、家庭におけるオトーサンの存在は絶対だったから。

それは、同じ家の中で家族団欒と犯罪が混在している異様な光景であった。

物語は、軍事政権下で闇の稼業を担ってきたアルキメデス・プッチオ一家の顛末を描くクライムサスペンス。

血生臭い話を軽快な音楽に乗せ、元々は政権の汚れ仕事を一手に引き受けてきたであろう彼らが時代に翻弄されてゆく姿を見つめる。

家族だからこそ秘密を守れると家族経営にこだわるオトーサン。
罪悪感のかけらもない、その氷のような眼差しにゾッとする。

なぜ彼らは犯罪に走ってしまったのだろうか。
先日ニュース記事で読んだ、地下鉄サリン事件の杉本受刑囚の手記が思い出された。
彼は、教祖を盲信するあまり自ら考えることを放棄してしまったからだと述べている。
そして鵜呑みにするのではなく自ら考えること、疑問を持つことの重要性を若者たちに向けて説いていた。
なるほど、彼の言葉に基づけば、この奇妙な一家の行動も腑に落ちる。

アルゼンチンが辿ってきた歴史の暗部を知る一作。

瞳の奥の秘密」のギレルモ・フランセーヤ
ピーター・ランサーニ
リリー・ポポヴィッチ
フランコ・マシニ
ジゼル・モッタ
アントニア・ベンゴエチェア
ガストン・コッチャラーレ
ステファニア・コエッスル共演。

原題「EL CLAN」
2015年 アルゼンチン制作。
PG-12