おかめさんのキネマ手帖

映画の予備知識は限りなくゼロに近いのが理想や。 そう思うてるライトユーザーなオバハンがつぶやく ぼちぼちな映画日記やで。

神様の思し召し

午後になり厚い雲が空を覆い始めた。
天気は下り坂。
ヤマザキ春のパンまつりのシールがやっと20点になった。
あともう少し。

映画「神様の思し召し」を観た。

この世に奇跡など存在しない。
すべてはおれの実力だと豪語する、医大教授の心臓外科手術から物語は幕を開ける。

大門未知子ばりの自信に満ち溢れたこの中年男、とかく独善的で他人には何かと辛らつだ。
妻と娘夫婦、そして息子と暮らす家庭でもまた、彼は支配的だった。

さて、近頃この医大生の息子が勉強に身を入れず、男友達と連れ立っては夜な夜な出かけてゆくではないか。

息子はゲイではなかろうか。

彼が疑い始めたちょうどその時、息子が家族に告白したいことがあるという。

いよいよきたかッ。

「理解ある親」としてここはひとつ息子の個性を認め、懐の深さを見せ付けてやるべきだろうか。
心にもないくせに彼はやたらと面子を気にする。

やがて緊張する家族の面前で、息子は喜ばしげに語り始めた。

虚しく思えていた人生の答えとなる人に出会ったのだという。

一同は息を呑む。

その名は、イエス
医大をやめて神学校に入り、聖職者になりたいというではないか。

・・・そっちかよッ!

しかし、それはそれで問題だ。
人を救うのは医学だ。
聖職など何の役に立つというのだ。
きっと息子は胡散臭い奴に感化されているに違いない。
そいつの正体を暴いてやろう。

こうして密かに息子を尾行する彼は、若者たちで熱気溢れる夜のアリーナにロックスターのごとく現れた破天荒な神父と相まみえるのだった。

物語は、救済をテーマに、息子を洗脳しやがった偽善者の悪事を暴こうと一芝居打つ親父の姿をコミカルに描いたヒューマンドラマ。

神のように振舞う傲慢な男が破天荒な神父との出会いを通し、自らを見つめなおしてゆく。
無神論者が神意を受け入れる人間に変貌してゆく過程が見どころ。
アメリカ映画にはないラストシーンも魅力的だ。

人間味溢れた台詞、そしてマイノリティを腫れ物のごとく扱う我が国ではおそらくNGであろう際どい笑いも含めて大いにウケる楽しい一作。
差別というレッテルにひるむことなく笑い飛ばせるイタリア人のセンスに脱帽だ。

マルコ・ジャリーニ、
ラウラ・モランテ
エンリコ・オティケル、
イラリア・スパダ、
エドアルド・ペッシェ、
アレッサンドロ・ガスマン、
ジュゼッピーナ・チェルヴィッツィ、
カルロ・ルカ・デ・ルジェリ共演。

原題「SE DIO VUOLE」
2015年 イタリア制作。

ソーシャルメディアのボタンがあちこち付いとるけど、イロイロ面倒やから押さんでええんやで。