冷たい風に震えていた先週は何だったのだろう。
今日は上着もいらないほどのぽかぽか陽気。
わずか一週間で季節が入れ替わってしまった。
映画「リリーのすべて」を観た。
緑豊かな丘陵が広がるデンマークはヴァイレの光景から物語は幕を開ける。
時は1926年。
ここ、港町コペンハーゲンに若い画家夫婦がいる。
故郷ヴァイレを描く風景画家の夫は、ギャラリーの評価も高く個展を成功させている。
一方、肖像画家の妻は思うように作品が評価されない。
夫婦でありライバルでもある夫を前に、プライドが傷つく悶々とした日々を送っていた。
そんなある日、来られなくなったモデルの踊り子に代わり、夫が彼女のモデルを務めることになった。
その時、彼はストッキングやチュールレースの肌触りに妙な感覚を覚える。
初めてキスを交わしたとき、まるで自分にキスをしているかのようだったわ。
そう話す妻は、美しい夫の中に女性的な一面が潜んでいることを知っている。
そういった面もひっくるめて、この中性的な夫を愛しているのだ。
そこで彼女、ほんの遊び心から、女装をして公のパーティに繰り出そうと夫に提案してみる。
紅を引き、なめらかなストッキングを履いてドレスを纏ううちに、喩えようもない高揚感に酔いしれてゆく夫。
周囲を欺くゲームに過ぎなかったそれは、リリーという夫の中に眠る「女性」を完全に目覚めさせてしまうのだった。
彼は性同一性障害か。
はたまた男性のアイナーと女性のリリー、2つの人格が混在する多重人格なのか。
それとも、彼は2つの人格があると思い込んでいるだけなのだろうか。
物語は、性の不一致に苦悩する夫と、それを支える妻の姿を美しく繊細な映像で描き出すヒューマンドラマ。
性愛だけには留まらぬ夫婦の絆に心打たれる。
ひとを愛するということはどういうことなのか、その原点を見せ付けられたように思う。
リリーの日記をもとに、1933年「男から女へ」が出版されたのだという。
人の性は、男と女だけで括れるほど単純ではない。
もっと複雑で繊細なのだということが世間に浸透するまでにあとどれくらいかかるのだろう。
哀しみと切なさがどっと押し寄せる、涙なしには見られぬ一作。
作品の芸術性を損なわぬよう配慮した、ぼかしを含めた上品な画面構成に作り手のセンスを感じる。
過去作品において強烈な個性で観客を魅了してきたエディ・レッドメインが女性的な役柄を演じている。
そのうっとりするほどたおやかな身のこなしは、彼がエディ・レッドメインだということを忘れさせてしまうほどだった。
「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」のエディ・レッドメイン、
「ピュア 純潔」のアリシア・ヴィキャンデル、
「サスペクツ・ダイアリー すり替えられた記憶」のアンバー・ハード、
「サン・オブ・ゴッド」のエイドリアン・シラー、
「フランス組曲」のマティアス・スーナールツ、
「白鯨との闘い」のベン・ウィショー、
「ブリッジ・オブ・スパイ」のセバスチャン・コッホ共演。
原題「THE DANISH GIRL」
2015年 イギリス、アメリカ、ドイツ制作。
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