おかめさんのキネマ手帖

映画の予備知識は限りなくゼロに近いのが理想や。 そう思うてるライトユーザーなオバハンがつぶやく ぼちぼちな映画日記やで。

人生タクシー

次なる台風の影響か。
からしとしと雨降りの一日。
一段と強くなった金木犀の香りは雨に打たれても強烈だ。

映画「人生タクシー」を観た。

ここはテヘランの大通り。
車やバイク、歩行者がひっきりなしに行き交う街の様子を、乗り合いタクシーに据え付けられたドライブレコーダーが捉えている。
見慣れない点を挙げるならば、通行人の女性たちが皆ヒジャブを巻いていることだろうか。

さて、信号が変わり、急ぐ車に先を譲りながらタクシーは慎重に発進した。
この運転手なかなかの安全運転だ。

そのうち手を挙げる男性客を、次いで女性客を拾った。

おっ、コレいいっすね!

男性客が目ざとくドライブレコーダーを見つけた。
角度を自在に変え、車内を撮影することも出来るスグレモノだ。

おれ仕事柄セキュリティには詳しいんだ。
ついこないだ二人の強盗が死刑になったというのに、知人のボロ車のタイヤが盗まれたばかりでね。
物騒な世の中だよ。
悪い奴はどんどん死刑にすべきだね。

男性客は力説する。
おっと、それに対して教師だという女性客が反論を唱えた。

たとえどんな罪を犯そうとも死刑なんて残酷だわ。
イスラムの教えに反することよ。

あんたがた教師の言うことは机上の空論ばかりで現実に即していないよ。

イランの人々は議論を好むのだろうか。
狭いタクシー車内でしばし二人の論争が巻き起こる。

おれの職業はね、路上強盗さ。
でも、死刑になったようなクズ連中とは違う。
あんた方のような善人や貧乏人は狙わねえよ。

そう言い残し男性客はタクシーを降りていった。
次いで女性客が降りると、後部座席に座っていたもうひとりの客、小人症の男が運転手に話しかけてきた。

へっへっへっ、おれには分かりますよ。
あんたパナヒ監督だろ?
また新しい映画撮ってるんスね。
さっきの二人、俳優でしょ?

仕込みなどではないのだが、どうやら正体はバレてしまったようだ。
この運転手、本業は映画監督。
タクシーから見えてくるイランの世相を題材にしたドキュメンタリーを作ろうという試みだ。
さすが監督、目の付け所がシャープやな。

小人症の男は映画DVDの販売を手がけているのだという。
とはいえ、店舗を持っているわけではなく、ブツを入れた大きなカバンを持って客の家を訪問しているようだ。
果てさて、彼はやばい違法コピー品でも扱っているのだろうか。

物語は、タクシーの車内で巻き起こる人間模様をドライブレコーダーで綴ったゲリラ的ドキュメンタリー。
政府から反体制的という烙印を押され、製作を禁じられている監督が風刺をこめて世に放つ。

死刑執行数は中国に次いで多く、外国の文化やスポーツは禁じられ、掟を破れば投獄されてしまうのだという。
そこから見えてくるのは宗教指導者を頂点とした厳しい監視が敷かれた国家体制だ。
多くの矛盾を抱え、もはや国民もどうしたらいいか分からないといった有様のよう。
これが、民主化革命や隣国との戦争を経て辿り着いたイランという国の現在らしい。

ただし、そう悪いことばかりでもない。
互いに助け合い、見知らぬ人とも活発に意見を交換し合う彼らの大らかな気質が救いになっている。
イランを知るための足がかりになりそうな、興味深い一作。

ジャファル・パナヒ、
路上強盗の男、
死刑反対派の女教師、
小人症の闇DVD屋、
バイクで交通事故に遭ってしまった男とその妻、
映画制作の課題に悩む芸大生、
金魚鉢を携えたオババたち、
おしゃべりな監督の姪っ子、
くず集めをする貧しい少年、
監督の幼馴染、
知人の女弁護士 共演。

原題「TAXI」
2015年 イラン制作。