おかめさんのキネマ手帖

映画の予備知識は限りなくゼロに近いのが理想や。 そう思うてるライトユーザーなオバハンがつぶやく ぼちぼちな映画日記やで。

ふたりの女

穏やかな晴天の一日。
フウセンカズラのカーテンに毎日通ってきているミツバチは日に日に数が減り、昨日からは持ち場を任された後輩ミツバチが一匹でがんばっているようだ。
サボることなく小さな花から花へとせっせと飛び回り、頭を突っ込んでほじほじやっている姿がとても可愛らしい。

映画「ふたりの女」を観た。

戦乱に巻き込まれ、変貌してゆく古都ローマを切り取ったオープニングロールから物語は幕を開ける。

時は40年代。
市街地に空襲警報が鳴り響く。
ここは第二次世界大戦中のローマ。
人々はわらわらと建物内に避難し、食料品店を営む女も慌てて店のシャッターを閉めた。

それでも爆撃の衝撃で店内はメチャメチャだ。
ショックで倒れ込んでしまった娘を、女は身を挺して抱きかかえる。

貧しい田舎暮らしから抜け出すために年の離れた夫と結婚しローマにやってきた彼女。
夫は既に他界しひとりで店を切り盛りしてきたが、いよいよ限界となった。
心臓の悪い娘をローマから脱出させないと、このままでは命が危うい。
打算的で愛のない結婚だったが、娘は彼女にとって何よりも大切な宝だった。

こうして美人で男勝りな頼もしい母ちゃんは娘を連れ、疎開する人々でごった返す汽車に乗り込んだ。
ところが、荒野のど真ん中で突然汽車が止まってしまうではないか。
線路が爆撃されしばらく足止めになるという。

車窓から故郷の山が見える。
よし、ここから歩くと決めた母ちゃんは、汽車を降り、重いトランクをひょいと頭上に載せた。
なるほど。
彼女の故郷では、こうやって重い荷物を運ぶようだ。
そのセクシーな姿を車窓からヒューヒューと囃し立てるドイツ兵らに見送られながら、二人は歩き始める。

道中、所属不明の戦闘機から機銃掃射を受けつつ、命からがら故郷に辿り着いた母娘。
しかしホッとするのもつかの間。
都会から疎開してきた人たちも多く田舎は食料が足りない。
おりしも、ムッソリーニ率いるイタリア本土はファシスト義勇兵とそれに抵抗するパルチザン、そして駐屯するドイツ軍と攻め込む連合軍のごった煮状態。
ここでも義勇兵やドイツ軍が我が物顔で振る舞い、丸腰の庶民を相手にやりたい放題だった。

まだローマに居たほうがマシだっただろうか。

そんな時、ムッソリーニ失脚の一報が流れる。
ドイツ軍も北部の都市ミラノまで追い詰められているという。

人々はアメリカ軍の戦車隊がチョコレートをばら撒きながら行進してゆく様子を歓喜を持って迎えた。
ああ、戦争が終わる。
これでようやくローマに帰れる。
フォンディの町に引き揚げてゆく親戚たちに別れを告げ、母と娘は徒歩でローマを目指す。

でもね、様々な国の軍隊が入り乱れる混沌とした状況下において、女子供だけの旅路がどれだけ危険なものか、彼女たちにはまだ何も分かってはいなかった。

物語は、母と娘の心を失わせる戦争の惨い傷跡を描き出す。

よそ者の兵士たちにとって母も娘も、あるいは姉も妹も、ただの女に過ぎない。
いつも戦争によって犠牲を強いられるのは庶民、特に女子供だと物語はいう。

ここでも神は沈黙を続けるようだ。
堰を切ったように訪れる終盤の悲劇に衝撃を受けた。
ピエタ像のように我が子を抱きしめるラストシーンが目蓋に焼きついて離れない。

「ひまわり」のソフィア・ローレン
エレオノラ・ブラウン、
ラフ・ヴァローネ、
アンドレア・ケッキ、
カルロ・ニンキ、
「ボルサリーノ」のジャン・ポール・ベルモンド
プペラ・マッジオ、
アントネッラ・デラ・ポルタ共演。

原題「LA CIOCIARA」
1960年 イタリア制作。
モノクローム