おかめさんのキネマ手帖

映画の予備知識は限りなくゼロに近いのが理想や。 そう思うてるライトユーザーなオバハンがつぶやく ぼちぼちな映画日記やで。

ムーンライト

風穏やかな晴天の一日。
十一月に入り急激に冷え込むようになった。
おなじみの音楽をかけた灯油の巡回販売車が街を行く。
もう冬支度の季節か。

映画「ムーンライト」を観た。

廃墟のアパートが並ぶうらぶれた地区に、ピカピカに磨き上げられた一台の車が止まった。
車を降りたのは金歯を入れたオッサン。
彼は、この一帯にたむろする麻薬の密売人を束ねるボスだ。
売人たちにトラブルがないか、いつもの見回りに来たようだ。
そんなシーンから物語は幕を開ける。

さて、学校のいじめっ子たちに追われる小さな少年が、この廃墟の一角に逃げ込んだ。
乱暴な連中をやりすごそうと、彼が息を潜めているところに冒頭のオッサンが入ってきた。

身体を強張らせる少年に、オッサンは優しく声をかける。
このあたりは子供が立ち入る場所じゃないよ。
車で送っていってやろう。

オッサンはコワモテだが優しい。
ファミレスで飯まで食わせてくれたが、少年は頑なに口を閉ざしたままだ。
どうやら家に帰りたくないらしい。

少年が家に帰りたくないのには理由がある。
シングルマザーの母と暮らす少年。
この母が男を家に連れ込むのだ。
母が男からカネをもらって何をしているのか、だいたい分かる年頃である。
一つ屋根の下で過ごすのはさすがに辛い。

また、無口で繊細な少年は、学校のいじめっ子たちの絶好のターゲットだった。
暴力でやり返せ。
強さを見せ付けないからいじめられるのだと友達はいうが、彼は暴力やラグビーなどの激しいスポーツは嫌い。
そんなわけで、学校にも家庭にも居場所がなかった彼は、以来、面倒見のよいオッサンと過ごす時間が増えてゆく。

オッサンは少年に在りし日の自分を。
そして少年は、オッサンに父親の面影を重ねていたのかもしれない。

オッサンは少年にいう。

自分の道は自分で決めろ。
周りに決めさせるな。

しかし、少年を取り巻く家庭環境や社会は、彼の自由を許してはくれないのだった。

物語は、貧困と麻薬がはびこり負の連鎖が止まらない黒人コミュニティを舞台に、ひとりの孤独な少年の成長を少年期、青年期、壮年期に分けて見つめてゆく社会派ヒューマンドラマ。

薬物依存症の母によってみるみる荒んでゆく家庭。
そして暴力に染まることでしか承認を得られない社会で、物静かな性的マイノリティの彼がいったいどうやって生きていくというのか。
周囲に翻弄され自分らしい生き方を選ぶことができなかった彼の姿が痛ましい。

月明かりを浴びると黒人の子供は青く見えるという。
波打ち際に佇む青い少年が、振り返って彼を見上げるラストシーンが印象的。
それは、ブルーと呼ばれたオッサンの在りし日の姿であると同時に、彼が長く心に封印してきた偽りなき自分。

やっと戻ってきたね。

少年の眼差しはそう言っているのだろうか。

自分も、そして人々も。
全てを赦して受け入れる。

涙と一緒にそんなメッセージが伝わってきた。
観る者の心を震わせる素晴らしい一作。

ベンジャミン・バトン 数奇な人生」のマハーシャラ・アリ
アレックス・ヒバート、
ジャネール・モネイ
「素晴らしきかな、人生」のナオミ・ハリス
ジェイデン・パイナー、

アシュトン・サンダース、
ジャレル・ジェローム
パトリック・デシル、

トレヴァンテ・ローズ
アンドレホランド共演。

原題「MOONLIGHT」
2016年 制作。
R-15+