おかめさんのキネマ手帖

映画の予備知識は限りなくゼロに近いのが理想や。 そう思うてるライトユーザーなオバハンがつぶやく ぼちぼちな映画日記やで。

父 パードレ・パドローネ

手袋をした指がかじかむ。
北風が一段と冷たい一日。

映画「父 パードレ・パドローネ」を観た。

手折った樹木の枝葉をナイフで器用にそぎ落とす男がいる。
35歳になる彼の名は、ガビーノ・レッダ。
読み書きすらできない男であったが、今では言語学者にして人気作家だという。

へええ、人生何が起こるか分からないというけれど、そりゃ一体どんな経緯があったというのだろうね。
時を遡り、彼が削り出したこれと同じ杖を手にした親父が小学校に乗り込んでくるシーンから物語は幕を開ける。

ここはイタリア サルデーニャ島のシリゴ。
親父が仁王様のような形相でドアを開けたとたん、チビッコの歌声が響いていた教室は静まり返った。

親父いわく、羊の世話をさせるので息子を連れ帰るという。
勉強など大人になってからでも出来る。
それよりも今日の生活の糧を稼ぐ方が切実だというのが親父の持論だ。
教師が止めるのも聞かず親父は強引に息子を連れ出す。

こうして山奥の粗末な小屋で厳しい羊飼いの生活が始まった。
絶対に持ち場を離れるなと親父は命じるが、彼はまだ小学一年生。
ひとりは心細いし、夜の山は真っ暗なうえ不気味な音が響いて怖いよ。
親父は逃げ出そうとする彼を捕まえてはボコボコに殴りつける。

これは彼を立派な羊飼いに育てたいと願う親父の愛のムチなのだろうか。
いやいや、暴力というカタチを変えた洗脳だ。
親父は代々羊飼いの家系。
親父のそのまた親父もそうであったように、この教育方針に疑いなどなかった。

さて、他人と触れ合う機会もないまま、羊を相手に孤独な生活が続くこと十数年。
言葉の発達が遅れたまま20歳になった彼は、羊飼いとしては一人前になった。
親父の洗脳も効いている。
しかし、いつまでも若者の好奇心を押し留めておくことは出来ない。

ある日、山道でムーロスの祭に行くというアコーディオン弾きに遭遇。
自然界にはないその美しい音色、音楽というものに彼はすっかり魅了されてしまった。

一方、息子の好奇心を鋭く察知した親父は焦り始める。
家業を継ぐのが息子の務め。
これは親に対する裏切りではないか。
外の世界に興味を持たせてはいけない。
以来、親父は息子の自立を阻むべく厳しく監視し始めるのだった。

物語は、ガビーノ・レッダの自伝を元に、代々土地に縛られ生きてきた親父と自由を求める息子。
この親子による呪いのような葛藤を描き出す。

土地こそ全てという信仰が根強い土地柄のせいだろうか。
息子の自由を認めることは、自身の人生を否定することでもある。
そんなことは断じて許さない。
子の自立心を裏切りと捉え、憎しみに囚われてゆく狂気じみた親父の姿が印象的。

少年たちが親から受けた虐待によるストレスが、より弱い立場の家畜に向かう。
それが通過儀礼のように代々繰り返されてきた様子に心が痛む。

時代によって親子の関係も変化してゆく。
我々も今でこそすっかり忘れてしまっているけれど、数世代前なら家長制度のもとこういった主従関係に近い親子がごく当たり前に存在していたのかも。

ガビーノ・レッダ
ファブリツィオ・フォルテ
オメロ・アントヌッティ
マルチェッラ・ミケランジェリ
サヴェリオ・マルコーニ共演。

原題「PADRE PADRONE」
1977年 イタリア制作。