おかめさんのキネマ手帖

映画の予備知識は限りなくゼロに近いのが理想や。 そう思うてるライトユーザーなオバハンがつぶやく ぼちぼちな映画日記やで。

若き人妻の秘密

からしとしと雨降りの一日。
先日、LIXILの会長が日本は破綻すると言い放ったという。
納税をしない云々は企業の社会的貢献という観点からすれば問題だが、この意見に関しては正論ではないかと思う。
重税と不正が平然とまかり通り、真面目に生きている者が損をする国だ。
あえて言葉にこそしないけれど、おそらく誰もが漠然と感じている。
カネも才もない庶民としては、この沈みゆく船から逃れられないのが辛い。

映画「若き人妻の秘密」を観た。

暗く沈んだ面持ちの若い女が屋敷の前のベンチに座り込んでいる。
傍らにはオッサンが寄り添う。
二人は互いに言葉を交わすこともなく無言のままだ。
いったい何があったのだろう。
そんなシーンから物語は幕を開ける。

さて、ここに若い女性がいる。
結婚5年目の25歳。
夫は一等地にオフィスを構える弁護士だという。
夫が独立開業する前に勤めていた事務所のボスであるオッサン弁護士に伴われ、このたび警察にやってきた。
朝起きたら夫がおらず、連絡が取れないのだという。

近頃、夫は落ち込みがちで不眠だった。
仕事上のトラブルがあったのかもしれない。

こうして警察に捜索願いを出し、後ほど夫のオフィスを訪れた彼女は茫然とする。
オフィスはもぬけの空ではないか。
ここは4ヶ月前から空室だという。
夫は毎日どこへ通っていたというのだろう。

そんな彼女に追い打ちをかけるように、今度は裁判所から執行官がやってきた。
自宅屋敷の差し押さえだ。
独立開業したのが間違いだったのだろうか。
大口顧客を次々と失い事業が回らず、夫は妻に内緒で多額の借金を抱えていたようだ。
若くして結婚し、経済的に夫に頼りきっていた彼女は目の前が真っ暗になってしまった。

この先どうしたらいいのだろう。

困窮する彼女を目の当たりにしたオッサン弁護士。
すかさず助け舟を出した。
借金を肩代わりするばかりか、生活費も面倒見るというではないか。

いや、それはいささか出来すぎた話ではないだろうか。
オッサン、いずれイヤラシイ見返りを求めるつもりなのでは?

訝しむ彼女に、やもめ暮らしのオッサン弁護士は言う。
部下の能力を見誤り独立開業させたことへの負い目と、自らの理解のなさから死なせてしまった妻と息子に対する贖罪だという。
彼は誰かを助け、拠り所となることで救いを得たい。
つまり彼自身も拠り所が欲しかったのかもしれない。

さあ、ひょんなことから援助する側とされる側という立場になってしまったオッサン弁護士と女性。
この従属関係は良心に恥じないものなのだろうか。
そして、失踪した夫の行方はいかに。

物語は、心の拠り所を失って彷徨う男女の姿を通し、弁護士失踪事件の謎に迫るミステリー。

二人の一連の行動は様々な憶測を呼んでゆく。
独立開業した部下を破滅に追い込み、若く美しい妻を掠め取るオッサン弁護士のあくどい計画とも取れる。
彼女もまた、借金まみれの夫を密かに殺害し、悲劇の妻を演じてまんまと人のいいパトロンを掴んだ悪女の線が拭えない。
双方ともに怪しいのだ。

人は根無し草では生きられないと物語はいう。
ところが若い彼女が拠り所してきた男たちは揃いも揃ってクズだった。

浅はかな彼女が相応の罰を受け、罪と引き換えに真実の愛を失ってしまったことに気づいた時、絶望の淵にいる彼女に天から一筋の光が差す。
この印象的なラストシーンは良心の目覚めとも取れるし、自立への目覚めとも受け取れる。
思いもよらぬ事件の結末に驚く一作。

アデル、ブルーは熱い色」のレア・セドゥ
ボヴァリー夫人」のオリヴィエ・グルメ
「92歳のパリジェンヌ」のジル・コーエン
ティボー・ヴァンソン
エリーゼ・オッツェンバーガー
マルフ・プロゾダ
クセニア・ラパポルト共演。

原題「LE ROMAN DE MA FEMME」
2011年 フランス制作。