おかめさんのキネマ手帖

映画の予備知識は限りなくゼロに近いのが理想や。 そう思うてるライトユーザーなオバハンがつぶやく ぼちぼちな映画日記やで。

ハッピーボイス・キラー

ぽかぽかと暖かな晴天の一日。
花粉が盛大に飛び始め、ついに窓が開けられなくなった。

映画「ハッピーボイス・キラー」を観た。

工場の煙突からもくもくと黒煙がたなびく。
ここ田舎町ミルトンのバスタブ製造会社に勤める青年がいる。
入社間もない彼は、精神科に通院しているようだ。
なぜかって?

彼には、普通の人には聞こえない「声」が聞こえる、母譲りの疾患があった。
心の中の声が共に暮らす相棒の犬や猫の姿を借りて、彼にあれこれと語りかけてくるのだ。

犬氏は思いやりのあるいい奴で、猫氏はニヒルでヒネた野郎。
ああ、犬猫好きにはたまらない話だ。
彼は、そんなメルヘンチックな世界に半分足を突っ込んで生きている。

かかりつけの精神科医はクスリを飲むようしつこく言うが、クスリを飲めばたちまち相棒たちの声は聞こえなくなってしまう。
孤独で寂しがり屋の彼にとって、それは耐え難い。
そんなわけでクスリは服用せず、診察のたびにごまかしていた。

さて、そんな彼が職場のカワイコちゃんに惚れてしもた。
でもね、彼は場の空気が読めないし冴えないもんだから相手にされない。
強引に取り付けたデートの約束もすっぽかされて散々さ。

でもひょんなことから、すっぽかした当の彼女を車で送ってゆくチャンスに恵まれたよ。
おや、これはひょっとすると脈アリかな?

こうして彼女を乗せ、嵐の夜道に車を走らせていた時のことじゃった。
突然フロントガラスを突き破って野生のシカが飛び込んできたではないか。
うひゃあ。

息も絶え絶えなシカが彼に言う。
・・・頼むッ・・・こ、殺してくれ・・・。

苦しむシカを哀れに思った彼は、ナイフで喉を切り裂いてやった。

ぎゃーーーーーー!
その返り血をまともに浴びた彼女。
恐怖におののき、車のドアを開け森の中へと一目散に逃げてゆく。

ち、違うんだッ。
待ってえぇえええ。

血染めのナイフを持った男が後を追う。
その姿はサイコキラーそのものだ。
足がもつれて倒れこみ後ずさりする彼女の前で、彼は・・・コケた。
しかもコケた拍子に、握ったナイフで彼女をグサリとやってしまったではないか。
なんというドジっ子。

うあああああ、ご、ごめんね、ごめんね、ごめんね・・・。

苦しげに喘ぐ彼女を見かねた彼は、先ほどのシカと同様、涙しながらトドメを刺してやるのだった。
・・・なにやっとんねん。

さあ、大変なことになった。
相棒の犬氏いわく、お前は悪くない。
警察に正直に話せばわかってくれるさという。

一方、猫氏は、馬鹿言え。
言い訳なんか通用するかよ。
一生ムショでカマ掘られたくなけりゃ、さっさと遺体を始末して来いという。

ああ、気弱な彼は、現実的な猫氏の意見に従うよりほか仕方がないのだった。

物語は、連続猟奇殺人犯と化してゆく青年の精神世界をメルヘンチックに描いたコミカルなサイコスリラー。

おぞましい殺害現場さえ眠れる森の美女が横たわる花園へと変えてしまう、主人公の世界観が見どころ。

これひょっとして天が彼に授けた素晴らしい特殊能力なのではないか。
観る者にそんな錯覚を抱かせるほど、正気を失った血みどろの現実とは程遠いそれはそれは楽しく幸せな空間が展開してゆく。

心の中の声と繰り広げる対話の応酬が実におもろい。
辛い現実から逃れたい。
それは疾患を抱えた彼のみならず、ひいては我々の願望でもある。
恐ろしい連続猟奇殺人犯にふとシンパシーを感じてしまう不思議な一作。
歌って踊るのは間が持たない下手な作品の典型だとこき下ろしてきたが、この作品に限っては撤回だ。

デッドプール」のライアン・レイノルズ
マジック・イン・ムーンライト」のジャッキー・ウィーヴァー
「ヘンゼル&グレーテル」のジェマ・アータートン
「ウェディング・テーブル」のアナ・ケンドリック
「愛を複製する女」のエラ・スミス
ポール・チャヒディ
アレックス・トンダウスキー
「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」のスタンリー・タウンゼント
レジェンド 狂気の美学」のサム・スプルエル
アディ・シャンカル共演。

原題「THE VOICES」
2014年 制作。
PG-12