おかめさんのキネマ手帖

映画の予備知識は限りなくゼロに近いのが理想や。 そう思うてるライトユーザーなオバハンがつぶやく ぼちぼちな映画日記やで。

終着駅 トルストイ最後の旅

朝からどんよりと厚い雲に覆われる。
時折雨のぱらつく寒々しい一日。

映画「終着駅 トルストイ最後の旅」を観た。

戦争と平和」の著者レフ・トルストイ
彼は世界で最も名高い作家だという。
貴族でありながら私有財産を否定し、消極的抵抗を提唱。
自らの教義であるトルストイ主義を広めるべく友人と活動を展開。
コミューンを率い、人々から生きる聖者と呼ばれていた。
そんな前置きから物語は幕を開ける。

時は1910年。
ここモスクワのトルストイ協会本部を訪れた青年がいる。
文豪の秘書に応募してきたのだ。

おれ、草食系の独身主義者っす。

人類愛を提唱する一方で肉欲は否定する。
そんな禁欲的なトルストイ主義に適った自己アピールで、彼はみごとそのポストを得る。

「世界のトルストイ」の秘書。
それはそれは名誉なことだった。

トルストイの権威を恐れる政府の秘密警察やロシア正教会が厳しく目を光らせる中、彼は、現在ヤースナヤ・ポリャーナの屋敷に軟禁中だというトルストイ本人と協会本部との連絡役を担うことになった。
協会本部いわく、中でも特に危険なのはトルストイ伯爵夫人だという。
彼女の動向を逐一連絡用の日記に記録せよというのだ。

え?
なんでトルストイ先生の奥方が危険なん?

こうして、よく分からないままヤースナヤ・ポリャーナに辿り着いた彼を待っていたのは、にこにこと気さくなトルストイ先生だった。
その姿はさながら神のよう。
彼は涙するほど大感激。
偉人の仕事を手伝える喜びに震えた。

しかも先生は、肉欲を否定するどころか、愛だけが唯一の真実と説くではないか。
うーん、協会本部が謳う教義とだいぶ乖離があるなあ。

一方、いわくの奥方はどうか。
彼女は、富の恩恵を受けておきながらそれを否定するのは何事かと、夫のトルストイ主義を真っ向から否定する女性だった。
著書の編集を手伝った経緯もあって、夫の作品は彼女にとって我が子も同然。
家族の遺産である著作権を守るため、それを民衆のものだとする協会本部と激しく対立していたのだ。

なるほど、青年は奥方に著作権を取られまいとする協会本部側のスパイ役だったわけだ。

妻と協会本部との板ばさみは、執筆に没頭したいトルストイ先生にとってたまったもんじゃない。
よって、夫妻は何かと口論が絶えなかった。

それでは、夫婦間は完全に冷え切っていたのかといえば、そうでもない。
二人は互いを深く愛しており、仲睦まじく過ごす姿も垣間見せる。
これが男女の愛というものなのだろうか。

しかしそれは、童貞かつ恋愛経験のなかった青年にはにわかに理解しがたい感情だった。

トルストイの妻は噂どおりの悪妻だったのだろうか。
物語は、若き秘書の視点を通して、妻と弟子の著作権を巡る争いに苦しむ晩年のトルストイを見つめてゆく。

トルストイ最期のエピソードを知る一作。
心とは裏腹に、置かれた状況によって引き裂かれる悲しい夫婦の姿がそこにはあった。
他人には知る由もない夫婦の絆に胸熱くなる。

弟子たちによって偉人が偶像化されてゆく様子はイエスブッダの話を髣髴とさせる。
いつの時代も同じことが繰り返されているようだ。

「つぐない」のジェームズ・マカヴォイ
手紙は憶えている」のクリストファー・プラマー
「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」のヘレン・ミレン
モーガン プロトタイプ L-9」のポール・ジアマッティ
「きっと ここが帰る場所」のケリー・コンドン
「リピーテッド」のアンヌ・マリー・ダフ
「マダム・フローレンス!夢見るふたり」のジョン・セッションズ
Mr.ホームズ 名探偵最後の事件」のパトリック・ケネディ共演。

原題「LAST STATION」
2009年 ドイツ、ロシア制作。
PG-12