おかめさんのキネマ手帖

映画の予備知識は限りなくゼロに近いのが理想や。 そう思うてるライトユーザーなオバハンがつぶやく ぼちぼちな映画日記やで。

未来よ こんにちは

爽やかな晴天の一日。
むしって料理に使おうと小瓶に挿しておいたローズマリーの枝から根がにょきにょき出てきた。
バックアップ用の挿し穂を作ろうとこれまで何度かチャレンジしては干からびて失敗していたのに、気温条件が良かったのだろうか。
それとも水挿しだから発根しやすかったのだろうか。
とりあえず食べるのはやめ、ポリポットに挿して様子を見てみる。

映画「未来よ こんにちは」を観た。

連絡船に乗り、子供たちを連れ実家のあるブルターニュを旅行する夫妻がいる。
夫婦揃って哲学教師。
船の中で熱心にペンを走らせる妻は、執筆に忙しく心ここにあらずといった感じだ。
やがて一家は引き潮の砂浜を歩き、シャトーブリアンの墓があるグラン・ベ島を訪れた。

墓碑にはこう刻まれている。

ある偉大なフランス人作家が海と風の音だけを聴くため、この場所に墓を望んだ。

妻や子供たちが立ち去った後も、夫はその場に佇み墓の向こうの大海原をじっと見つめる。
その時、夫は何を考え、何を思ったのだろう。
そんなシーンから物語は幕を開ける。

それから数年後。
妻の職場の高校では、入り口を封鎖して若者たちによるデモが行われていた。
失業率の高さに加え、このたびの年金制度改悪を受けて、将来への危機感が若者たちを突き動かしている。
生徒の中にもデモに参加する者が現れ、授業もままならない。
哲学を究めた彼女も、若かりし頃は共産主義に傾倒したものだが、今では政治とは距離を置いている。

もし神が市民なら民主制を執るだろう。
これほど安全な政体は人間には適しない。

ルソーの言葉にもあるように、理想と現実は切り離さないと。
つまりそれが大人になるってことだよね。

さて、おりしも学校では教科書の改定が行われ、彼女が監修した哲学書は古くて売れ行きが悪いとの評価が下った。
こつこつ積み上げてきたキャリアを全否定されてしまったかのようなショックだ。
それに加えて、夫が一方的な離縁を告げるではないか。
まさに青天の霹靂だ。
死ぬまで一緒だと思っていたのに。
子供たちは既に独立し、頼られていた老母も亡くなり、自由を得たものの彼女は突然独りぼっちになってしまった。

心にぽっかり空いてしまった穴。
それは彼女が究めた哲学でも埋めることはできない。
そこで人恋しい彼女は、アナーキズムに傾倒し、ヴェルコール山地の農家で仲間と執筆活動に励んでいるという教え子のもとへ向かうのだった。

物語は、仕事と家庭を揺るがす人生の大きな転機を迎えた中年女性の戸惑いを淡々と追うヒューマンドラマ。

わたしって皆にとって都合のいいだけの存在だったんやろか?
それが幸せやと思ってたんやけど。
そんなヒロインの心のぼやきが聞こえてきそう。

ややもすれば頑固で、今更新しいことに挑戦する勇気も、転機を受け入れる柔軟さも持ち合わせていないヒロイン。
年代の近い我々にもどこか通じるものがある。

人生は、出会いと別れを繰り返し、やがて大きな海に辿り付く川のようだと物語はいう。
悲しい別れもあるけれど、新たに出会う喜びもあるのだ。

自分の価値観や常識に囚われず、心身ともに柔軟に。
時には水に流されるように自然に委ねる。
そんな小島聖のエッセイにあった一文がふと蘇った。

「デッドマン・ダウン」のイザベル・ユペール
アンドレ・マルコン
ロマン・コリンカ
ジェヴォーダンの獣」のエディット・スコブ
サラ・ル・ピカール
ソラル・フォルト
パリ、ジュテーム」のリオネル・ドレー
リナ・ベンゼルティ共演。

原題「L'AVENIR」
2016年 フランス、ドイツ制作。
PG-12